人から認められたいと思う気持ちとどう闘うか。

人からの承認欲求に囚われていませんか?

承認欲求と言われる欲望が人間にはあります。何か良い事や役に立つ事をした時に、人からありがとうと言われたい。誰かに見てもらっていて、後で褒めてもらえたらやっぱり嬉しい。なんかやる気が出てきそうに思える。

この気持ちは、一人でトイレの掃除をしている時に、だれかにそっと見てもらっていて、すごいことをしている人がいます。的な事になったらいいなと密かに思ってしまう気持ちがあることと似ています。

でもアドラーは、この承認欲求、人から認められたいと思う気持ちを否定します。

客観的な見方と主観的な見方の違い

ゴミを拾って綺麗にする行動を例にとって考えてみると、ゴミを拾って綺麗にしているところを、誰かに見られたい。本当に誰にも見られないのであれば、ゴミは拾わない。または、誰からも感謝されない、ありがとうも言ってもらえないのであれば、ゴミは拾わない。

これってなんか変だと思いませんか?しかし、以前の私はそうでした。見ている人は誰でも良かったのです。通りすがりの人でも、見ず知らずの人であっても、誰かが見ているとゴミを拾うことができました。

客観的に承認されたいと思っていると、人に認めてもらえない出来事には興味がなくなります。

面白い事に、反対の行動として、人が見ている時にゴミが拾えない人もます。電車の中で席が変われない人もいます。他人の目が気になって、自発的に良い事ができなくなったりします。

客観的に認めてもらう事をしようとすると、人に合わせる事になり、自分が出せずに、非常に不自由な生き方になってしまいます。

自分の勝手な思い込みが必要。

客観的に認めてもらうことから脱皮して、主観によって、わたしは誰かの役に立っていると積極的に思って行くことができれば、自由に行動が出来るようになります。電車の中で席を変わって上げようと思ったら、他人の目を気にせずにかわってあげる。周りの人がどう思おうが、その人それぞれであって自分にはどうすることも出来ません。課題の分離です。

わたしは共同体にとって有益なのだと思えた時、自らの価値を実感できます。共同体、他者に働き掛けて「わたしは誰かの役に立っている」と思えること、勝手な思い込みができること、自らの主観によって「わたしは誰かに貢献できている」と思えることが共同体感覚になって行きます。

アドラー心理学の影響を受けて!

勇気づけのアプローチ

私は誰かの役に立てていると感じる。

対人関係のカードは私が握っている。

人から認められたいと思う気持ちとどう闘うか。” への4件のフィードバック

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