私は誰かの役に立てていると感じる。

貴方は目の前の人を友達と思えますか?

私は長い間この質問に、「はい」が言えませんでした。同僚が先に出世した時や、誰かが自分より幸せそうな生活をしている時、おめでとうと口では言っているのに、本当の自分が、祝福していないのです。

最近になってこの事が、いかに自分の心を、貧弱なものにしているかが実感できるようになりました。もう少し早い段階でこの事を知っていれば、今とは違う人生を歩んでいたように思えて残念でなりません。

自分自身の考え方を、正しい方向に切り替えて、毎日を生活してると、心から自分が目立つのではなく、その人の役に立つ事をしていこうと思えてきます。すぐにではないですが、ちょうど、たばこをやめる時と同じだなぁ〜と思っています。

禁断症状に気をつける

長い間、習慣になっていた心の反応を、一気に良い方向へ切りかえることは、不可能です。時間がかかります。中毒症状が出てきて「そんな事をしても、何も良い事はない」とか「こっちが親切にしても、気に食わない対応をされた」と思えてバカらしくなる時があります。しかし、これは禁断症状だと理解してしまえば、意外と簡単に乗り越えられます。

まずは1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、1年と過ぎて行くと、以前と周りの環境は変わっていないのに、何となく幸せで、豊かな生活をしている事に気づきます。

アドラーが正しいとしている考え方とは?

自己受容と他者信頼と他者貢献を、日々の習慣とする事で、共同体感覚がやしなえると言っています。

まずは、自己受容から考えてみます。これとよく似ている事に、自己肯定があります。簡単な例でいうと、60点の自分に、今回は、たまたま運が悪かっただけで、本当の自分は100点なんだと自分には言い聞かせること。自己暗示みたいなもので、自分を納得させて、新たな努力をしようと思わない考えかたのこと。

それに対して、自己受容とは、60点の自分をそのまま60点として受け入れた上で、100点に近づくにはどうした良いかを考える。ありのままの自分を飾らずに受け止めてしまうことで、それを改善するためにはどうしたら良いかと、次に向かっての気力が湧いてきます。

他者信頼とは、信頼と信用の違いから、考えると分かりやすいです。

信用とは、分かり易い例として、銀行の融資を考えると、何か担保があってはじめて融資が実行されます。その人が返済できる範囲の中での融資になります。当たり前ですが、信用するについては、条件があります。これが、信用の関係です。

では、信頼の関係とは、その人を信用するのに条件を付けないことです。無条件でその人を信用することです。

これがなかなか出来ません。アドラーは仕事の関係は信用でいいと言っています。しかし、そこから進んで、友達の関係になると、信頼が必要になる。と言っています。

積極的に他者に貢献して行く。

もう一つ大事な考え方に他者貢献があります。「私は誰かの役にたてている。」という感覚です。これは実際に相手に何かしてあげることでなくてもいいし、親切にしてあげることでもありません。

なぜかというと、課題の分離ができると、相手に自分が出来る限りの親切をしても、その人が喜ぶか喜ばないかは、分からないし、どう感じるかは相手の課題になります。それに介入出来ません。

貢献感を得る為には、課題の分離が必要になります。

そこで、この貢献は、目に見える形でなくてもかまわない。誰かの役に立てていると言う主観的な感覚があればいいのです。変な言い方をすると自分の勝手な思い込みでいいのです。道に落ちているゴミを拾って、これで誰かが気持ちよくなるかもしれない。と思う事が出来るかどうかです。

この自己受容、他者信頼、他者貢献の3つの考え方を日々実践する事で、みんな仲間であると思えて、自分と比べる事なく、他人を祝福する事が出来てきます。

アドラー心理学の影響を受けて!

勇気づけのアプローチ

人から認められたいと思う気持ちとどう闘うか。

対人関係のカードは握っている。

 

 

私は誰かの役に立てていると感じる。” への3件のフィードバック

  1. ピンバック: 人から認められたいと思う気持ちとどう闘うか。 – みのる.me

  2. ピンバック: 対人関係のカードは私が握っている。 – みのる.me

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