本当に起こった不思議な出来事

*「あなたは、今しあわせですか?」

「あなたは、今しあわせですか?」の質問に、「はい幸せです。」と答えられる人は、意外と少ないみたいです。

もう一つ「あなたは自分のことが好きですか?」の質問に「はい好きです」と答えられる人も少ないです。

私は今まで両方とも「いいえ」でした。それが普通だと思っていたし、「幸せです」「好きです」と言っている人を見て嘘を言っているとさえ思っていました。

また、人の幸せが心から祝福出来なかった。今から考えると、何とさみしい人生を歩んでいたのかと思うと、悲しくなります。

この事に気付いたキッカケが、岸見一郎さんの「嫌われる勇気」を読んだ事でした。最初の1回目に読んだ時に、心に引っ掛かる物があって、2回、3回と読んで、3ヶ月で述べ15回ほど読みました。

当然、アドラーに関係する本は5冊ほど読みました。必要な箇所はメモにとって常に読み返していました。そして、1年間、その考えが本当に人生に有効なのかを自問自答しながら実践してきました。

 

*不思議な出来事

そして、その頃に不思議なことが起こりました。

私は夜一人で家に帰る時に何時もお墓の横を通ります。平気なフリをして歩いているのですが、メチャメチャ怖かったのです。特に街灯の明かりによって自分の影が変化したり、遠くから足音が聞こえたりすると何故か心臓がぱくぱくしました。

それが、平気になりました。これは、本当に驚きでした。うれしくて本当に大丈夫なのか試そうと、家族が寝静まった夜中の1時に、今まで絶対に夜には行かない、人通りもない、当然街灯もない、昔幽霊が出たと言っていた河川敷に行って見ました。

平気でした、思いっきり笑いました。周りに明かりがないので、夜空が綺麗でした。遠くに見える明かりが綺麗でした。

別に幽霊の存在を否定しているのでもありません。浮遊霊は夜中に飛んでいると思っていますし、心霊現象はあると思っています。しかし、今まで何に怯えていたのかが、うっすらと分かって来たように思います。

 

*自己受容の意味が分かった

自分のことが、そのままの状態で受け入れられるようになった。今自分のことが好きですか?と聞かれたら「以前よりはかなり好きです。」と言えます。

以前は、自分の事を好きと思った方が良いと思い、無理矢理、自分の事を好きですと言っていました。

しかし、アドラーの考え方を、日々の対人関係で自問しまがら生活していると、丁度、禁煙している時と同じ様に徐々に、一進一退を繰り返しながら、本当に自分の事が好きになって来ました。

そして、アドラーが、人間の悩みは全て対人関係であると言っています。と言うことは、対人関係以外に悩みはないと言うことです。

課題の分離と言う見かたを持つとことで、出来事をシンプルに捉えられるようになります。

人間関係を横の関係と捉えることで、自己肯定、他者信頼、他者貢献を日々実践します。と言っても人間です、禁断症状が出て、以前の考え方に戻ろうとする出来事が出て来ます。アドラーの言っている共同体感覚までは、まだまだですが、日々近づいて行きたいと思っています。

ただこのアドラー心理学の考えは、あくまでも基本中の基本の考えであり、これを知らないと幸せに多分なれないと思っていますが、この考えに実践的な肉ずけが必要です。そう考えていたら、岸見一郎さんが「幸せになる勇気」を出版されました。

 

*自分の覚悟を試されている

アドラー心理学の考え方を実践するのは、自分の覚悟を試されることと繋がってきて、一筋縄ではいかない事になります。

しかし、アドラーの考え方をベースにして、空海、最澄、親鸞、日蓮のおしえを読んでみる。また最近、脳の機能についてわかってきた事や、無意識が意識に及ぼしている新事実を読んでいると、益々、このアドラーの考えの偉大さがわかってきています。

そして今私が「人生を如何にして、豊かで幸せに生きて行くか?」の結論として、「自分の好きな事に打ち込む!」

この自分の好きな事は、なかなか見つからないし、また、変わって行きます。ですから「今自分がしたい事」が自分が好きな事です。ちなみに、私の場合は仕事でした。ホンマかいな!と突っ込まれそうですが、ホンマでした。

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